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東京地方裁判所 平成7年(合わ)274号 判決 1996年3月14日

主文

被告人両名をそれぞれ懲役六年に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数のうち各一二〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人両名は、共謀の上、子供を誘拐し、その安否を憂慮する親から憂慮に乗じて身の代金を取得しようと考えた。そこで、平成七年八月六日、二人で自家用車に乗って横浜市内に出向き、誘拐するのに適した子供を探したが見当たらず、翌七日も同様にして東京都内で物色していたところ、午後四時三〇分ころ、足立区竹の塚三丁目一九番五号付近路上において、通行中のC子(当時七歳)を見付けた。直ちに被告人B子が下車して、C子に対し、「ここらへんに薬屋さんある。車の中にもお姉ちゃんが待っているから、そのお姉ちゃんに教えてあげて。」などとうそを言ってだまし、C子を近くにとめていた車の後部座席に乗せた。そして、八日午後六時四三分ころまでの間、この場所から神奈川県内、千葉県内等を経て東京都台東区松が谷三丁目一八番一三号先路上まで、被告人両名の支配下に置いたままC子を連れ回し、C子の安否を憂慮する親の憂慮に乗じて身の代金を交付させる目的でC子を誘拐した。その間の七日午後六時一四分ころ、被告人B子が、台東区内又はその周辺の公衆電話から、足立区《番地略》甲野一〇五号室のD方に電話を掛け、C子の母親であるE子に対し、「お子さんを預かっています。八〇〇万円用意してください。お子さんはかわいいですよね。北千住の乙山ラブというハンバーガー屋を知っていますよね。明日の午後五時にそこに持ってきてください。分かっているでしょうが、警察には連絡しないようにしてください。」などと言い、E子らの憂慮に乗じて金銭を要求した。

(証拠)《略》

(量刑の理由)

一  本件は、遊興費等に窮した被告人両名が、子供を誘拐して親から身の代金を取ろうと考え、小学校二年生の女児を言葉巧みにだまして誘拐し、その親に身の代金八〇〇万円を要求したという事案である。

二  犯行に至る経緯をみると、次のとおりである。

被告人両名は、幼いころからの知合いで、中学時代は同じ学校に通い、クラブ活動も一緒であるなど親しい間柄であったが、二人とも専門学校を辞めてからは、定職に就かずに遊興にふけって自堕落な生活を送り、借金を抱えるに至った。すなわち、被告人A子は、運転免許取得費用、マンションの賃借費用や交通事故による被害弁償金など多額の債務を負い、被告人B子も、運転免許取得費用、高級腕時計の購入代金、自動車のローン代金など高額の借金を負っていた。それにもかかわらず、被告人A子は、新たに外車購入費用、高級マンションの賃借費用、海外旅行費用等に当てる資金を欲し、被告人B子も、同様にマンションの賃借費用等に当てる資金を望んだ。そこで、平成七年五月上旬ころから、二人でまとまった金の入手方法を話し合ううち、身の代金目的誘拐を思い付き、徐々に話を具体化させていった。犯行直前ころには、小学校低学年くらいの女の子を自動車を利用して埼玉県又は神奈川県内で誘拐し、自宅の電話番号を聞き出した上でその親に身の代金を要求すること、要求金額は警察に連絡されないためにも用意可能な一〇〇〇万円以下とすること、身の代金の要求は逆探知されないように一回の電話で済ませること、身の代金受取りの際、犯人から依頼された第三者を装うことなどを決めた。この計画に基づき、犯行の前日には、横浜市内に赴いて条件に合う女の子を物色したが見付からなかったため、計画を一部変更し、被告人B子に土地勘のある東京都北区又は足立区内の住宅地で女の子を探すこととし、犯行当日、足立区内を自動車で走行しながら女の子を探し、ついに被害者のC子を見付けて犯行に及んだ。

三1  以上のように、被告人両名は自堕落な生活の結果、多額の借金を抱えながら、ぜいたくな生活にあこがれてまとまった金欲しさに犯行に及んだものであり、その安直で自己中心的な動機は厳しく非難されなければならない。

2  犯行に当たっては、前記のように話合いを重ねて周到に計画を立てている。しかし、計画どおり誘拐に成功した後は、C子から自宅の電話番号や家族状況等を聞き出し、母親に電話を掛けて身の代金八〇〇万円を要求するに当たり、身の代金を第三者に取りに行かせる旨伝え、当日の夜には、身の代金を受け取る際に警察に捕まった場合に備えて、知らない男からメモを渡されて頼まれただけであるかのように装うための偽装メモを作ったり、身の代金を受け取った後の逃走方法や待ち合わせ場所を話し合ったりなどし、翌日にはこの打合せ従って、実際に身の代金を受け取りに行っている。このように計画を実行に移した後も、入念に策を練っており、実に悪質である。

3  犯行態様をみると、いまだ思慮分別の浅い小学校二年生のC子を言葉巧みにだまして誘拐し、その後も終始C子に誘拐であると気付かれないようにだまし続け、自動車に乗せたまま神奈川県、千葉県、東京都内を二六時間にもわたって連れ回し、一夜を明けさせている。これによってC子に与えた不安感はもとより、将来への影響も軽視できない。

4  C子の母親は、夫が海外赴任中でもあり、一人でその留守を守っていたところ、突如、年少の娘を誘拐されて身の代金の要求を受け、娘が殺されるのではないかとの不安の中で娘が無事保護されるまで一睡もせず、夫の勤務先に相談して身の代金八〇〇万円を用意するなど必死の対応を続け、連絡を受けた父親も赴任先から直ちに帰国するなど、すべてを犠牲にして娘の安否を心配したのである。このようにC子の両親が受けた衝撃、不安、恐怖による精神的、肉体的苦痛は計り知れない。

5  これに加え、本件が、マスコミにより広く報道され、同年代の子供を持つ親や学校関係者等にも不安を与えたことは想像に難くなく、社会に及ぼした衝撃も大きい。

四  次に、被告人各自の責任について検討する。

1  犯行に際し、被告人B子は、C子に声を掛けて誘拐し、自宅の電話番号を聞き出した上でその母親に対して電話で身の代金を要求しているばかりか、身の代金の受け取りまで担当している。このように、被告人B子は、危険を伴う実行行為の主要部分をすべて一人で行っている。これに対し、被告人A子は、誘拐後、車の運転を担当したほかは、被告人B子が身の代金受け取りに行っている間、C子を車に乗せて待っていた程度である。

2  被告人両名の以前からの関係をみると、被告人B子が、被告人A子から求められて、アルバイトの給料をほとんど被告人A子に渡したり、ローンを組んでやったりなどしていたこと、二人で万引きをする際も、被告人A子はほとんど見張り役で、被告人B子が盗んで換金し、これによって得た金の大半を被告人A子が使っていたことなどが認められる。このように、二人の間には、被告人A子が求めれば被告人B子がこれに応じるという関係があり、本件当時にもそれが続いていたことは明らかである。このことは、身の代金八〇〇万円を手に入れた場合の分配が、被告人A子は六〇〇万円、被告人B子は二〇〇万円となっていたことからもうかがえる。そうすると、被告人B子が実行行為の主要部分をすべて担当したことの一事をもって、主導的であるとすることはできない。

3  しかしながら、他方、被告人B子の公判廷における供述によっても、被告人A子が被告人B子を脅すとか暴力を振るうとかして、金を取ったり万引きをさせたりしていたわけではなく、被告人A子の要請に対して、被告人B子は特に抵抗することなく応じていたというにとどまる。二人の間には強制、支配の関係があったのではなく、個性の違いが醸し出す微妙な力関係の差がみられるにすぎない。被告人B子が、身の代金を得たあかつきには、被告人A子の住んでいたマンションに引っ越そうと考えていたのも、そのような関係の表れである。

4  本件犯行を計画し、役割を決める際も、二人で金を簡単に手に入れる方法を話し合う中で、被告人B子が先に誘拐を提案し、二人で対等に話し合いながら犯行を計画している。また、犯行に際しては、被告人B子も公判廷で認めるように、自分の方が適任であると判断して自ら積極的に危険な実行行為を担当することを買って出ているのであり、被告人A子が特に指示、命令した形跡はない。

5  このように、二人の間には、微妙な力関係の差があることを考慮しながら、犯行の共謀、実行の過程等を全体としてみると、特段の径庭はないといわざるを得ない。したがって、二人の刑事責任は、同程度であっていずれも重大である。

五  以上のような諸点に徴すると、C子に対して危害を全く加えていないこと、C子が被告人A子とともに自動車の中にいるところを警察官によって無事に発見保護されたこと、身の代金の取得は失敗に終わったこと、被告人両名とも親あるいは弁護人を介して慰謝のための努力をそれなりにしていること、二人とも二一歳と若く、犯行を反省していて、更生が期待できる上、前科もないことなどの酌むべき事情を考慮しても、それぞれ主文の刑に処するのが相当である。

(出席した検察官 石橋基耀、福島弘)

(裁判長裁判官 山田利夫 裁判官 千葉和則 裁判官 野原俊郎)

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